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真宗高田派久遠寺ブログ  『シュリハンダカ』

愛知県名古屋市中区にある真宗高田派久遠寺の日常をお伝えします!

 

いよいよ年の瀬が迫ってきました。 

皆さま、おはようございます。

昨日くらいから一旦寒さが和らいだ気がします。年末年始、病院なども休診ですのでくれぐれもお体に気をつけてお過ごしくださいねGOOD


いよいよ、年の瀬。年始の準備がちゃくちゃくと進んでいます。というか大掃除はまだなんですが・・・・がーん
お檀家の皆さまから来年の「トラ」を幾つか頂戴しております。


DSCN1144.jpg
南区 Yさま  有難うございます手書き風シリーズ矢印上

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北区 Oさま  有難うございます手書き風シリーズ矢印上

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北区 Mさま  有難うございます手書き風シリーズ矢印上


いつもいつも本当に有難うございます
これらのトラさんたちは、庫裏から本堂へ渡る階段に飾らして頂いております。

準備のため、一度これらを引き上げ掃除をしたのですが、なにもないこの飾るスペースは非常に寂しい空間でした。しかし、元に戻して飾りますと、皆さま方が色を加えてくださることで寺も寺らしくなっていくのだと感じます。

寺へ寄られましたら、是非ご覧くださいね。

それでは、失礼します。

南無阿弥陀仏 高山信雄






☆平成22年1月10日(日)
久遠寺平和公園墓地参詣
午前9時~午後12時まで
寒い日が予想されますが、新年を迎えた喜びを胸に手を合わせましょう。是非皆様お揃いでのご参詣お待ちしております。

☆平成22年1月15日(金)
 高田本山専修寺報恩講『お七夜』
 会費 5000円 食事券+志含
 久遠寺壇信徒参詣募集中。お電話にて受付して居ります。
 バス一台を用意して居りますので、ぜひご参加下さいますようお願い申し上げます。

☆平成22年1月19日(火)
  午後1時半~午後3時頃まで
『仏説阿弥陀経』に聞く 第34回法話会 最終回
  布教使 戸田恵信師 
  於 久遠寺本堂
『仏説阿弥陀経』に聞く法話会は、総集編を残し、最後の法話会となります。寒い中と予想されますが、是非ご来寺してくださることを、心よりお待ちして居ります。


Category: 寺仕事

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衝動買い 

みなさま、コンニチワ!

先日、街を散策していたわけですが、思わず衝動買いをしてしまいました・・・・かお
以前から欲しい欲しいと思っていたペーパーウェイト、要はオモシですアップロードファイル


DSCN1137.jpg


玄関すぐの飾棚に、寺のビラ等を置いているのに使用中です。寺だからといって、すべて寺らしくシックにする必要もないと思い、少し雰囲気を変えてみました。
まぁ、ただのオモシですから、気にしないでください・・・・GOOD


それでは、失礼します。

南無阿弥陀仏 高山信雄



☆平成22年1月10日(日)
久遠寺平和公園墓地参詣
午前9時~午後12時まで
寒い日が予想されますが、新年を迎えた喜びを胸に手を合わせましょう。是非皆様お揃いでのご参詣お待ちしております。

☆平成22年1月15日(金)
 高田本山専修寺報恩講『お七夜』
 会費 5000円 食事券+志含
 久遠寺壇信徒参詣募集中。お電話にて受付して居ります。
 バス一台を用意して居りますので、ぜひご参加下さいますようお願い申し上げます。

☆平成22年1月19日(火)
  午後1時半~午後3時頃まで
『仏説阿弥陀経』に聞く 第34回法話会 最終回
  布教使 戸田恵信師 
  於 久遠寺本堂
『仏説阿弥陀経』に聞く法話会は、総集編を残し、最後の法話会となります。寒い中と予想されますが、是非ご来寺してくださることを、心よりお待ちして居ります。

Category: 趣味

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「正信偈」について no,3 

みなさま、コンニチワ!

今回は、「帰命無量寿如来 南無不可思議光」を取り上げたいと思います。

いろいろな本、先生のお話によりますと、この二句は非常に重要で、この二句の偈文に浄土真宗が収まる、とまで言われるまでとてもとても重要な偈文なのです。ですから、細かく追及していけば、さまざまなことにつながるわけですが、あまり難しくして横道にそれるのもよくないので、一番わかりやすいだろう道を選んでご説明させて頂きますね。

☆まずこの二句には、仏様のお名前が二つあります。わかりますかね?
「無量寿如来」と「不可思議光(如来)」です。如来が省略されているんです。さらにこの二つの仏さまのお名前は阿弥陀如来のことを指します。
阿弥陀とは、インド語の音を漢字に写したもので amitayus/アミターユス=無量寿・amitabha/アミターバ=無量光。
無量寿は、限りのないいのちの意。
無量光は、はかりしれないひかりの意。

☆では、限りのないいのちとは一体どういったことでしょうか。
これは、不老長寿とイメージしてしまいますが、それとは違うわけです。ただいのちが長くても、何もしなくては意味がありません。
私たち人間でも「誰かの世話になると迷惑になるから一人で生きているうちに仏さまのほうにいきたいなぁ」と言われる方も少なくないのではと思います。
しかし、生きている時はなにがしら生きる喜びがあり、その喜びがあるから生きている実感があるわけです。
そう考えますと、私たちが苦悩の底から救われることこそが喜びであり、このはたらきこそ限りのないいのちをもって、ずーーーと私たちにはたらきかけてくださるのです。
ですから、無量寿とは仏さまのはたらきには限りがない、ということであります。


☆次に、「不可思議光」をみてみましょう。
「不可思議」とは、思議すべからず、つまり分別=物事の是非や道理を常識的に判断することをするな、との意であります。
ここで、五つの不可思議を曇鸞大師『浄土論註』に挙げられています。「久遠」寺報にも掲載したことがありますが、
一、衆生多少不可思議 - 一つのことをするにも知らない間にいろんな人と出会い、関わっていく。自分の歩みを支えてくれている、と気づくこと。
一、業力不可思議 - 一番基本的で必然的なこと。例えば、人間が二本足で歩く、蟻が黒い、ウミガメが孵化してすぐ海に戻っていくこと(教えてもらうわけでもないのに)。こういった類のこと。
一、龍力不可思議 - 自然の力のこと。自然の恵み、雨など。
一、禅定力不可思議 - 修行によって自然に身につく徳のこと。偉い僧侶にあると自然に和やかな気分になる、など。
一、仏法力不可思議 - 「人身受け難し、いますでに受く。仏法聞き難し、いますでに聞く」手が合わさらない自分であってもなぜか手を合わしてしまう自分がいるということ。
私たちは、不自然なことに対し、「なんて不思議だ」といいますが、本当はあたり前のことこそ一番不思議なわけです。
で、「不可思議光」とは空間的に十方世界のいかなる所までもくまなく照らして、いかなる私たちをも救おうとされる、仏さまのはたらきの広がりなのですね。

簡単に述べると、「帰命無量寿如来 南無不可思議光」→私たちを救おうとされるはたらきに時間的な限りがなく、いかなる所までもくまなく照らすはたらきの広がりがある仏さまに「帰命」し、「南無」するのです。

☆それでは「帰命」「南無」とはどういったことでしょうか?
「南無」=「帰命」でして、同じことの意であります。阿弥陀仏が私たちを救おうとされるお心が、私たちを覆い尽くし、「南無阿弥陀仏」という言葉になって私たちに来たって、浄土に至らしめるはたらき、と『教行信証』行巻六字釈というところに述べられているんです。
ですので、簡単に言ってしまっていいのか悪いのかわかりませんが「お任せします」ということです。ズバッと要訳しましたけど。
また「帰命は本願招喚の勅命なり」とあって、仏さまの絶対の命令なのだ、とされています。

おおよそ総合してみますと、「帰命無量寿如来 南無不可思議光」→「南無阿弥陀仏」の六字のことというのはだいだいお分かりになりますかね。だから、この二句に集約されると言われる方も多いわけです。
阿弥陀仏(私たちを救おうとされるはたらきに時間的な限りがなく、いかなる所までもくまなく照らすはたらきの広がりがある仏さま)にお任せします、ということになるんですね。すべてこれに尽きるんですね。

そういったお言葉を、いつも私たちはお称えして、自分の耳で聞かせて頂いているんです。
重要とされている部分だからこそ、いろんな言葉で説明がされていて、いろいろなパターンで説明させていただくと、逆にわからなくなってしまいます(僕も含め・・・・)のでこのくらいに留めておきます。

「仏さまにすべてお任せします」こんな感じでよいのではないでしょうか。



次回は「宝蔵菩薩因位時 在世自在王仏所 ~」の依経段と呼ばれるところを勉強したいと思います。


それでは、失礼します。

南無阿弥陀仏 高山信雄





☆平成22年1月10日(日)
久遠寺平和公園墓地参詣
午前9時~午後12時まで
寒い日が予想されますが、新年を迎えた喜びを胸に手を合わせましょう。是非皆様お揃いでのご参詣お待ちしております。

☆平成22年1月15日(金)
 高田本山専修寺報恩講『お七夜』
 会費 5000円 食事券+志含
 久遠寺壇信徒参詣募集中。お電話にて受付して居ります。
 バス一台を用意して居りますので、ぜひご参加下さいますようお願い申し上げます。

☆平成22年1月19日(火)
  午後1時半~午後3時頃まで
『仏説阿弥陀経』に聞く 第34回法話会 最終回
  布教使 戸田恵信師 
  於 久遠寺本堂
『仏説阿弥陀経』に聞く法話会は、総集編を残し、最後の法話会となります。寒い中と予想されますが、是非ご来寺してくださることを、心よりお待ちして居ります。

Category: 「正信偈」解釈

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高田本山がテレビに。 

みなさま、コンニチワ!

ちょうど今日、ご本山から報恩講の資料等が送られてきまして、ざーと見てましたら
「大晦日 本山テレビ生中継のお知らせ」として、広告資料が入っていました。

12月31日(木)午後11:45~ 三重テレビ
年越しのリレー中継のなかで、ご法主さまのお言葉もあるそうです。三重テレビが見られる方に限られてしまいますが・・・・がっくり

ご報告まで。


それでは、失礼します。

南無阿弥陀仏 高山信雄



☆平成22年1月10日(日)
久遠寺平和公園墓地参詣
午前9時~午後12時まで
寒い日が予想されますが、新年を迎えた喜びを胸に手を合わせましょう。是非皆様お揃いでのご参詣お待ちしております。

☆平成22年1月15日(金)
 高田本山専修寺報恩講『お七夜』
 会費 5000円 食事券+志含
 久遠寺壇信徒参詣募集中。お電話にて受付して居ります。
 バス一台を用意して居りますので、ぜひご参加下さいますようお願い申し上げます。

☆平成22年1月19日(火)
  午後1時半~午後3時頃まで
『仏説阿弥陀経』に聞く 第34回法話会 最終回
  布教使 戸田恵信師 
  於 久遠寺本堂
『仏説阿弥陀経』に聞く法話会は、総集編を残し、最後の法話会となります。寒い中と予想されますが、是非ご来寺してくださることを、心よりお待ちして居ります。

Category: 本山

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第33回法話会が終了しました。 

みなさま、コンバンワ!

先日、第33回『阿弥陀経』に聞く 法話会が終了しました。これで、今年最後の法話が終わり、来月の最終回、また総集を前半・後半にわけ、来年3月で終了予定です。残すところあと僅かですね。

名残り惜しいですが、最後の最後ですが来寺してくださいね、内容についての心配はいりませんので

今回もいろいろとご法話くださいました。ダイジェストしますと・・・・

「舎利弗 当知我於 五濁悪世 行此難事 得阿耨多羅三藐三菩提 為一切世間 説此難信之法 是為甚難」
→舎利弗よ、よく知っておいてほしいのです。私は、このような五つのけがれに満ちた世界の中で、この難しいことをなしとげ、この上のない最高の悟りを得、一切の世界の人々にとって、信じがたい教えを説いたのです。思えばそれはまことに困難なことであり、・・・・

この部分を中心にお話を頂きました。


お正月の明けましておめでとうと言いますが、そもそもおめでとうとは一体どういったことなのでしょう?
これを調べてみますと、
めでたい→(漢字で書くと)目出度い→(言葉を崩すと)愛でる+甚し→(言葉を合体して)めでいたし→(その意味は)褒め称える程度が大変はなはだしい→(ということは)大変よろこばしい
ということになります。そこで、頭の切れた一休禅師と商人のお話をさせて頂きますと・・・

→この商人に子供が生まれて、めでたいので一休禅師に「めでたい言葉がほしい」と頼まれたそうです。
そして一休禅師が送られた言葉は「親死ぬ、子死ぬ、孫死ぬ」
商人はビックリして「なんてことを書くんだ」と。しかし、一休禅師は商人に問います。「逆になったことを考えなさい、このとおり順番に進むことが一番めでたいではないか」と。
無常の理、常ではない、思い通りならない、ということをその道理をわかって見えた一休禅師。
だから、お正月に当てはめるなら、無常の理、思い通りにならない私たちでありながら、その私たちがが新たに新しい年が迎えれることは大変喜ばしいのではないかと教えられるのではないでしょうか。

それでは、仏教を学ぶということは、一体どういうことでしょうか?
仏様を拝むとは一体どういうことなのでしょう。それは、お経を読むことと一緒であります。
私たちは、普段外を見ているが、内をみるということなのです。

善導大師は「経教はこれをたとうるに鏡のごとし しばしば読み、しばしば尋ねれば智慧を開発す」
お経の教えというものをたとえたならば、鏡のようなものである。たびたび読んで、たびたびその心を尋ねたならば、智慧(=煩悩が燃やし尽くされた世界=悟り、つまり本当の幸せ)を生み出す。

それでは鏡の如し、とは一体どういうことでありましょうか?
鏡は自分を見つめるものであります。ですから、お経を読むということは、自分を映すということ。自己ということを知る。ということであります。それでは、鏡のように自分を写したらどうなりますか?

(ここである本に載っていました、心理テストが始まります。)

Q、家に帰ったと同時に5つのことが起こりました。何を一番始めにこなしますか?
1、トイレ
2、電話
3、家族の呼び声
4、チャイム
5、お風呂の水が溢れている
みなさまはどれにしますか?みなさまが答えてくださった答え。これは、今一番大切にしている価値観であります。
トイレは健康、電話は仕事、家族の呼び声は家族、チャイムは友人、お風呂はお金、とテストでは定義されます。
この心理テストで何がわかるかといいますと、自分にとって一番大切なこと、その価値観なんてものはその時々の都合でコロッコロッ変わるものなのです。私たちの根性で考える価値観などは、簡単に崩れてしまうような価値観なんです。そして、逆に変わることのない価値観を教えてくださるのが、経教=仏教なのであります。
一番大切な変わることのない価値観は何かということを、『阿弥陀経』を通して教えて下さるのです。
『仏説阿弥陀経』において、今回お話している「出世本懐」、これはお釈迦様がこの世にでてきた意味は、阿弥陀様の一番大切な教えを伝えるためであった、ということをお話されているのです。

さんし、という言葉をご存知ですか。
しみ、しわ、しらが 3し笑これは何かというと、「老い」であります。老いから逃れることはできない、生老病死からのがれることはできない、この四苦を通して苦しみがうまれてくる。人が生きている以上は、みな平等に訪れるのであります。こういった四苦の人生のなかに、救われようがないわが身であることを気づくことの中で、この教えを聞くことにより救われようのない我が身がすべて阿弥陀様のご本願にお任せすることによって、本当の幸せというものを切り開いていくのであります。
(さらに、ここで心理テストではなく漢字テストが始まります。)

「決定」をなんと読みますか?
学校のテストでは、けっていですね。これは、漢音です。しかし、仏教では、けつじょう、と読みます。これは呉音です。お経というものは、すべて呉音なのですね。
けってい・・・人間が自分の都合で決めること。
けつじょう・・ほとけさまが決められて定めること。
読み方ひとつでまったく意味が変わるのですね。決定の信、ということをお経を通して教えて頂いていく。そのことによって迷う私たちが、一定の方向に初めて向かわせてもらうことができる、このことを学ばせてもらうことが私たちが「仏教を学ぶ」ということなのではないでしょうか。

私は「真宗学」というのは「真宗を学ぶ」と思っておりました。しかし、違っておりまして「真宗を学ぶのではなく、親鸞聖人の学び方を学ぶ」ということでありました。決して、学問や論文ではない、ということなのです。

親鸞聖人自身もおっしゃったように、「私自身は、救われようがないわが身であります。そのわが身に気づかされてもらったときに如来の本願が初めてわかってくる。そして、そのご本願にお任せする。これしかない
これが真宗学ということでおしえてもらう。これが、仏教を学ぶ、ということになってくるのではないでしょうか。


以上がだいたい前半部分のダイジェストですね。いかがでしょうか?後半も今年の漢字一字、また九条武子さん(京都女子大学創始者)から展開するお話などをして下さいました。

笑いもあり、本堂内の空間は非常によい雰囲気で法話が進められていきます。あっという間にご法話の時間が経ってしまいました。是非、来月の法話会には皆様のご来寺を心よりお待ちしております。

久遠寺カレンダーも多くの方が持ち帰ってくださったようです。有難うございますホッ ほっ


それでは、失礼します。

南無阿弥陀仏 高山信雄




☆平成22年1月10日(日)
久遠寺平和公園墓地参詣
午前9時~午後12時まで
寒い日が予想されますが、新年を迎えた喜びを胸に手を合わせましょう。是非皆様お揃いでのご参詣お待ちしております。

☆平成22年1月15日(金)
 高田本山専修寺報恩講『お七夜』
 会費 5000円 食事券+志含
 久遠寺壇信徒参詣募集中。お電話にて受付して居ります。
 バス一台を用意して居りますので、ぜひご参加下さいますようお願い申し上げます。

☆平成22年1月19日(火)
  午後1時半~午後3時頃まで
『仏説阿弥陀経』に聞く 第34回法話会 最終回
  布教使 戸田恵信師 
  於 久遠寺本堂
『仏説阿弥陀経』に聞く法話会は、総集編を残し、最後の法話会となります。寒い中と予想されますが、是非ご来寺してくださることを、心よりお待ちして居ります。


Category: 寺仕事

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