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真宗高田派久遠寺ブログ  『シュリハンダカ』

愛知県名古屋市中区にある真宗高田派久遠寺の日常をお伝えします!

 

「正信偈」について no,2 

皆さま、コンバンワ!

それでは、先ほどに続きまして「正信偈」とはまずなんであるか、ということを考えていきます。


普段皆さまがもっておられるお経の本の中に、必ず掲載されているのが「正信偈」であります。

この「正信偈」、実は単一であるのではなく、「顕浄土真実教行証文類」=「教行信証」という親鸞聖人が書かれた代表的書物の中に挙げられているんです。


そこで、よく私たち僧侶が読むもの、みなで読むものを通称として「お経」といいますが、正確にはお経ではないのです。
「正信偈」は、偈文と言うんですね。通常は、伝わればいいんですよ、気にされなくて結構です



じゃ、お経てなにか、と問われますと、それは仏さまの教え、それを悟って伝えられた釈尊の教えを記したものが「お経」となるんですね。

ですので、「お経」というのは私たち真宗門徒では以下のものがはまります。

一、仏説無量寿経(大経)
一、仏説観無量寿経(観経)
一、仏説阿弥陀経(小経)


いわゆる「浄土三部経」といわれる経典です。これは、よくご法事などで私たちが読ませてもらう事がほとんどではないでしょうか。内容については、横道にそれ過ぎて、本道に戻ってこれなくなりそうなので、御無礼させてもらいますがーん



ではいつ頃から、「教行信証」の中にある「正信偈」を皆さまと一緒に読むことになったのでしょうか。

これは、本によりますと、本願寺第八世 蓮如上人(1415-1499)の時代からのようであります。
また、他の本によりますと、本願寺第三世 覚如上人(1271-1351)の時代から読むことはしていたようです。ただ「みんなで読もう!」と定めたのは、蓮如上人とされています。

※ちなみに久遠寺は高田派ですので、本願寺代々門主とは別の専修寺代々門主がおられます。



「正信偈」と一言にいっても、正式には「正信念仏偈」と申します。略されているんですね~。

またまた余談ですが、「文類偈」(高田派でよく読まれる節付「正信偈」)は「念仏正信偈」と言うのです。どっちがどっちかわかりにくくなる時もしばしばです。


「正信」・・・ちゃんと、しっかり、まさに信じる
「念仏」・・・南無阿弥陀仏のこと
「偈」・・・・歌。J-POP・ROCKのような歌ではなく、仏さま。仏法の徳をうたう歌のこと。

この「偈」の説明として、「説願偈総持」と他の偈文(天親菩薩の願生偈)に挙げられています。
普通に解いてみますと、願偈を説きて総持する、と読んでしまうのですが、
親鸞聖人は、願偈総持して説く、と言われたそうです。

「総持」とは、糸をより合わせて集めて束ねる、の意です。つまり、仏法全体を一つに集め束ねて、これを取りこぼさない、ということですね。

また「総持」されるのも、私たちではなく、仏さまです。ですので「偈」というのは、仏さまの願い・本願のこころを顕してくださっています。



それでは、「正信偈」はどのように‘よまれる’のがよいのでしょうか。

「読」というのは、本などの字を一つ一つ読むこと。
「詠」というのは、詩や歌を声を伸ばして詠むこと。
「誦」というのは、内容と同調したリズムや節をつけて誦むこと。そらんじて誦むこと。

「よむ」ということだけでも、これだけの意味が変化してきます。

そして、「正信偈」などは特に「誦む」といわれるそうです。つまり、節をつけて、そらんじて読む、ことと。



これを軸として、ズバッと違う言葉にすると


「いつでも、どこでも、だれでも」


これ、本に書いてあったのですが、ピピッときました雷

ですが、いきなりのことばすぎますかねぇ。けど、こう捉えてもいいのかなぁと思います。「正信偈」て結構そういう雰囲気ありますよね。



以上の事を踏まえて、「正信念仏偈」を考えてみますと、

南無阿弥陀仏を正信する歌、自分がお念仏を信じるのではなく、仏さまから「念仏を信ぜよ」と教えて下さる歌、もう一つ言えば、念仏の心を明らかにされ、「自分が」という念仏を深く見つめ、「念仏のほかない」と知る歌なのです。



「朝夕のお勤めで、「正信偈」をあげるんですが、ち~とも意味がわかりません。」

そんな話をたまに耳にします。しかし、上のことがすこーしわかるだけで毎日一緒の「正信偈」が少し違って聞こえるかもしれませんよ



次回は、最初の二句「帰命無量寿如来 南無不可思議光」を解説したいと思います。

それでは、失礼します。

南無阿弥陀仏 高山信雄





☆平成21年12月18日(金)
  午後1時半~午後3時頃まで
『仏説阿弥陀経』に聞く 第33回法話会
  布教使 戸田恵信師 
  於 久遠寺本堂
今年最後の法話会です。寒い中ですが是非ご来寺してください。お待ちして居ります。

☆平成22年1月15日(金)
 高田本山専修寺報恩講『お七夜』
 会費 5000円 食事券+志含
 久遠寺壇信徒参詣募集中。お電話にて受付して居ります。
 バス一台を用意して居りますので、ぜひご参加下さいますようお願い申し上げます。

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Category: 「正信偈」解釈

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「正信偈」について no,1 

みなさま、コンニチワ!

今日は一日雨の様子で、一雨ごとに冷たくなっていくんでしょうね。覚悟しなくては



今回より不定期ですが、毎日の朝夕やお月参り、等で親しまれている「正信偈」について勉強していきたいと思います。

以前、法話会のテーマが、「正信偈」をもとに展開して頂く法話でした。(全22回)
しかし、今後また「正信偈」をテーマとして掲げるには、まだまだ時間がかなりあるので、僕自身も文章にさせてもらいながら勉強するということで、解説?お話?していきたいと思います。

しかし、ただ頭の中の正信偈解釈では自分自身心もとないので、以下三冊ほどを中心に、参考にさせてもらいながら少ーしずつ進めていきます。


一、「正信念仏偈講義」宮城顕著
一、「講解 教行信証 教行の巻」星野元豊著
一、「正信偈講話」蜂屋賢喜代著



なぜこのチョイスをしたかというと・・・

宮城先生は、住職お勧めの先生、他に歎異抄なども書かれています。
星野先生は、僕が学生の時、よく参考にさせてもらいました。
蜂屋先生は、僕は存じ上げないのですが、久遠寺書庫にあったので。

こんな理由でよいかわかりませんが、とにかく勉強できれば、という思いのみです。

これだけ真宗門徒の中で親しまれる「正信偈」。ただなんとなく読む、ではもったいなすぎる気がします。

この解説を進める中で、あぁなるほどこういった意味か、へぇこの語の意味はこういうことなのか、など感じて頂ければ幸いです。


これを冒頭挨拶として次の回よりアップしていきます。

それでは、失礼します。

南無阿弥陀仏 高山信雄



☆平成21年12月18日(金)
  午後1時半~午後3時頃まで
『仏説阿弥陀経』に聞く 第33回法話会
  布教使 戸田恵信師 
  於 久遠寺本堂
今年最後の法話会です。寒い中ですが是非ご来寺してください。お待ちして居ります。

☆平成22年1月15日(金)
 高田本山専修寺報恩講『お七夜』
 会費 5000円 食事券+志含
 久遠寺壇信徒参詣募集中。お電話にて受付して居ります。
 バス一台を用意して居りますので、ぜひご参加下さいますようお願い申し上げます。


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