08 «1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.» 10

真宗高田派久遠寺ブログ  『シュリハンダカ』

愛知県名古屋市中区にある真宗高田派久遠寺の日常をお伝えします!

 

寺の掲示板 平成22年9月3日掲載 

みなさま、コンニチワ!

最近、今流行のiphoneに嫁と一緒に変えました。なかなか楽しく使える携帯ですね。写真なんかもすぐ見せれるので一台でパソコンを持ち歩いている感覚です。写真の画像もなかなかで、子供の写真ばかりになっている始末ですね・・・・また見たい方はいつでもお声をかけてくださいね



寺の掲示板を更新しました。

「苦しいのは、私を中心にしているのだ」 平野修

CIMG0100.jpg


住職似顔絵
→現代は、子供の頃から大人になっても競争社会です。常に周りを気にしながら、周りに合わせて生きているから、空しさといら立ちで自分自身を苦しめてしまうのではないでしょうか。現代は逃げる手段がたくさんあるので、ますます苦しみを伴うことがあります。雨が降り続くと気分が優れず、今年のように暑ければ雨が降ってくれないかと願ってしまいます。昔の方々は夏は夏らしく、冬は冬らしく自然に準じてその現実の事実を受け止め、生活されました。その生き様は、数々の詩にも表現されています。家庭内においても、自分中心で上手くいっている時は幸福と感じ、自分の都合通りにならない時は、他が悪いと評価してしまいます。本当はその評価している自分が問題なのです。周りの家族があっての自分であり、自分がおって家族があるわけではないのです。ですから、苦しみとは自分が自分の思い通りしようとする考えから出てくる訳です。そのような苦しみの元は、自分の思いや自分の都合によって起こります。本当の人間の在り方がわからない故に、今現在の自分が正しいと思うところから起こってくるのでありましょう。自分自身の苦しみとは、「私の妄念で頭であれこれ分別して、その分別が行き詰まっているにすぎない(清澤満之)」 と言われ「人の為・外物の為でなく自分の妄想の為に苦しむ」と言い切っておられます。互いに自分を内省し、先達の教えを聞きたいと思います。


ありのまま受ける、これができそうでできないんですね。どうしても思い通りにしたくなる。身をそのまま委ねることができなくなってしまっている今ですね。「競争社会」か、なるほどと思いました。学校教育では是非が問われていることですが、仏道としてどちらがいいのか、など考えたこともなかった気がします。
ストレスなく物事が受け流せるように、こころの空間を手を合わせて作っていけたらいいですね


それでは、失礼します。

南無阿弥陀仏 高山信雄
スポンサーサイト



Category: 寺の掲示板

tb 0 : cm 2