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真宗高田派久遠寺ブログ  『シュリハンダカ』

愛知県名古屋市中区にある真宗高田派久遠寺の日常をお伝えします!

 

寺の掲示板 平成22年9月13日掲載 

みなさま、コンニチワ!

寺の掲示板を更新しました。今回は、物理学者?のパスカルのことばです。パスカルの原理等ではまったくお世話にならないくらいわかっていない僕ですが、法語というつながりにおいてこのような言葉が聞けるのも不思議ですね。

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「私たちは生きることなく ただ生きる準備ばかりしている」パスカル


住職似顔絵
→「生きる」ということはすべての自然の多様性、人間同士の多様性に気づかせてもらうことから始まると思います。しかし、私たち人間はその基本を忘れ、自分の欲望を満たそうとするあまり、悪いものは排除し、自分の都合のいいものだけを利用し続けています。結果として、孤独で空しくなり、一人では生きられないことに初めて気づくのではないでしょうか。私たち人間は、他との関係があることでつながりができ、目には見えない「生かす」はたらきで生きているのだと思います。私が生きているから私があるのではなく、生きているから私の在り方が問われ、そこから本当の「生」が問われるのでありましょう。

いくつか思いつく言葉を挙げさせて頂きます。

禅師のことば
禅師は弟子に問う。「クジラの肉を精進料理にしてこい」この問いに弟子は頭を抱えて迷うってしまいます。「焼いたらいいのか、煮たらいいのか。さてどうしたら肉が精進になるのだろう」と。そこで禅師は弟子にこう答えます。「その肉を売って野菜を買ってこい」と。

「不思議なるいのちを生きていることが生きがいとなる」

「あなたは生きているのではなく、動いているだけだ」


この言葉を読んで、「なるほど、確かになぁ」と納得してしまいました。今を犠牲にして先の用意ばかりしている自分がいます。先の心配ばかりして今を大切にしていない自分がいます。ただそう感じることを気づかせてくれる言葉でした。

みなさんはいかがですか?

今しかできないことを、先のことを理由にしてうやむやにしたりしていませんか?時には必要かもしれませんけどね



それでは、失礼します。

南無阿弥陀仏 高山信雄
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Category: 寺の掲示板

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