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真宗高田派久遠寺ブログ  『シュリハンダカ』

愛知県名古屋市中区にある真宗高田派久遠寺の日常をお伝えします!

 

寺の掲示板 平成23年2月1日掲載 

みなさま、コンニチワ!

少し掲載が遅れ気味になっており申し訳ございません。以後頑張っていきたいと思います。今回の法語は、たびたびお言葉をお借りしている曽我量深師のお言葉です。またいつも通り当寺住職の味わいを聞いてみましょう。

CIMG0415.jpg

「浄土は言葉の要らぬ世界である  人間の世界は言葉の必要な世界である  地獄は言葉の通じない世界である」
曽我量深師


住職似顔絵
人間は、言葉によって感動し生きる勇気を与えられます。また反対に言葉によって悩み、苦しみ、迷います。人生を台無しにするような言
葉すらもある訳です。

人間は言葉を必要としていますが、相手に理解してもらえないことは多々あります。実生活においては、自分の思い通りにはいかない。自分の都合で和を保てない。それがなぜかという原因は、自己の煩悩(思い)に縛られているからであります。自分で自分の思いにに縛られている、これが地獄であります。

人間の限りある命は、先祖より命そのものが願っている本当の願いの叫びそのものなのであります。これこそがお念仏の名告りです。自我があり、観念であり、勝手であった自己を真の言葉の名告りによって、互いに尊敬し、頷きあえる平等なる世界が浄土でありましょう。

地獄は場所的にある訳でなく、自分の煩悩の領域で作り出しています。お浄土はありますが、妄念、妄想、自我で見失っているだけなのです。



自分の思いに縛られている現代こそ、「地獄」と表現できるのかもしれません。地獄にいる、それすら気づいていない私たちを何とか救おうと南無阿弥陀仏の教えをお教え下さったのです。
私たちの自我により作り出したり、見失ったり。そんなことはとてもできない自分でありことをまず気付かねばあんりませんね




それでは、失礼します。

南無阿弥陀仏 高山信雄

Category: 寺の掲示板

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