続けざまに

昨日今日とで久遠寺では葬儀を3つ引き受けておりました。一つは久遠寺の相導師寺の前坊守さま、一つは98歳の笑顔がかわいいおばあちゃん、一つは63歳という若さで肺がんになってしまった奥様。
どの葬儀にも手伝えることができましたが、亡くなるいのちの重さはどれも同じでした。どのご家族も悲しみ、嘆いておられる

「先に生れん者は後を導き、後の残れる者は先を訪う(とぶら)。連続無窮にして休止(くし)せざらしめんと欲す」
と古語にあるそうです。私たちは亡き人に導かれ、また尋ねながら生きる道を歩んでおります。これが途切れることがないことが幸せなのではないでしょうか。いのちのつながりを再確認できる場が葬儀であると思います。今一度、当たり前でないいのちに感謝し、何が起こるか分からない人生を感じたとき、今生かされていることの喜びを感じることができるのではないでしょうか

一つ一つの大切な葬儀で逆にいろいろと教えられます。有難いことです

それでは、失礼します。
南無阿弥陀仏 高山信雄

Category: 寺仕事
| h o m e |