06 «1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 08

真宗高田派久遠寺ブログ  『シュリハンダカ』

愛知県名古屋市中区にある真宗高田派久遠寺の日常をお伝えします!

 

台風襲来にも関わらず・・ 

みなさま、コンニチワ!

つい先ほど法話会が終了致しました。台風がもうそこまで来ている最中、境内の木々も揺れ、強風により本堂の建具がガシャガシャいう中、少ないながらも5人の方にご聴聞に来て頂き、本当にうれしい限りでした

今は無事にご自宅に到着されたか願うばかりであります

あまりにも本堂の建具がやかましいため、今日は法話会初!庫裡での聴聞となりました。緊急的に行いましたが、始まれば先生のお話にひきこまれるばかりの時間でありました


「如来の作願をたづぬれば
 苦悩の有情をすてずして
 回向を首としたまひて
 大悲心をば成就せり」

如来の作願とは、阿弥陀様が本願を起こされた根源のことであり、本願とは仏の心のことであります。仏様は心に願いを満ち満ちて下さる。仏様ではなくて人間ですらその願いはある。たとえば、病気の子供を思う親は子供の全快を真剣に願う。そして、法蔵菩薩はその人間とは比べ物にならないほどの願いで私たちすべての衆生救わんとの願いに満ち満ちてくださる。そんな心であるとお話下さいました。
そしてその仏の作願に合わしてもらう喜びが「有難い」という「有ることが難い、めったにない」という法悦の言葉になったともお教え下さいました。

いろいろなお話の中に、「シンニョウのままで迎える米寿かな」というお言葉を出され、米にシンニョウを足すと「迷」という字になる。米寿、88歳になっても迷っていると気付かされる。自分が迷っていることを気付かせて頂くのが仏教であります。迷っていないとご自分で言われても、迷っている証拠なんです。と聞かせて頂き、さらに

仏教は悟ると言っても、迷っていることを悟るのです

とお教え下さいました。今日は、本堂とは違うシチュエーションにも関わらず、先生はいつも通り仏様のみ教えを説いて下さいました。この天候不順の時に本当に有難うございました。

またこんな日にも関わらずご来寺して下さった5人のみなさま、本当に有難うございました。まさに「命がけの聴聞」を果たされたのではないでしょうか

そして、今日ご来寺が叶わなかったみなさまも是非次回開講の際にはご聴聞下さることを寺族一同心より願っております。

無題



次回は、9月16日(金)となります。ご都合を合わせてのご来寺を心よりお待ちしております。
それでは、失礼します。


南無阿弥陀仏 高山信雄

Category: 寺仕事

tb 0 : cm 0