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真宗高田派久遠寺ブログ  『シュリハンダカ』

愛知県名古屋市中区にある真宗高田派久遠寺の日常をお伝えします!

 

平成23年12月の法語 

みなさま、コンニチワ!

今年もあと3日。何とか年明けまでにしたい仕事もあと3日すかありません・・・気持ちだけ焦る焦る・・・ですが残り時間を使って今年を振り返ってみるのもいいかもしれませんね

平成23年12月の法語

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「前に生まれん者は後を導き、後に生まれんひとは前を訪え」道綽禅師

このお言葉は西本願寺の表白集にも掲載されているんです。ご法事の時に読ませて頂くのですが、僕自身結構好きなお言葉だったんですね。でこれは誰の言葉なのだろうと思っていたのですが、この記事で勉強させて頂いて中国の道綽禅師だったんですね。「安楽集」という著作の中の一文で、親鸞聖人が教行信証に引文されたわけです。

 
前に生まれん者とは、自分より先の方たち。祖父や祖母、もっともっと前の先人、さらに親鸞聖人と遡ることができるわけです。この方たちは今ある私を導こうとあらゆる手段を用いていのちのあり方、大切さを教えて下さっていると思います。

そして後に生まれんひとは前を訪え、とは所謂私自身と置き換えてもいいと思います。今私たちは当たり前すぎるいのちを当たり前のように生きております。悩みや不安にまみれる我が身でありますが、そこを見ようともせず、我がいのちさえも自分自身のもの、と考えているのではないでしょうか。
前の方々の導きはすぐそこまで来ているのに、今の私には届いてこないのはどういう理由か。それは訪ねていないからなのではないか、と思うのです。

馬の耳に念仏、聞こうとしていない者に本質は聞こえてきません。まず我が先人たちの導きを訪ねることにより、また今まで自分自身が決断した結果とは違うものがみえてくるのではないでしょうか。


この法語の後に続くのは、「連続無窮にして休止せざらしめんと欲す」だったと思います。前の者が導き、後の者が訪う。これが連続して止まることがないことを願っていると言われております。それは、自分の親や祖父母らの声を聞きながら、後に伝えていくということにもつながると思います。
今、家庭の縮小化、親族間のやりとりなど関係性が少なからず薄くなっている気もします。ですが、お正月ともなれば皆実家に帰省し話す場ができるわけです。久しぶりに顔を合わせ、互いのことを話し合いたいものですね



それでは、失礼します。

南無阿弥陀仏 高山信雄

Category: 法語と名言

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