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真宗高田派久遠寺ブログ  『シュリハンダカ』

愛知県名古屋市中区にある真宗高田派久遠寺の日常をお伝えします!

 

葬儀の習慣 

みなさま、コンニチワ!


坊守渾身のアマリリス。綺麗に咲いたと喜んでおります。


毎日、お勤めに回っておりますとたまにご質問をされるのです。お答えできればその場でさせて頂きますが、経験不足な上、勉強不足。持ち帰らせて頂き次回お答えすることもしばしばです

先日質問されたのはこういうことでした。

『親戚の者がなくなって、葬儀屋さんから色紙に一言寄せ書きをしてほしいて言うんです。だから「安らかにお眠りください」て書きました。そしたら還骨&初七日法要の時にお寺さんに言われたんです。「真宗では安らかにお眠りください」とは言わなんだ、と。じゃぁどういうのですか?と尋ねると「西方浄土からお見守りください」と書くんだ!と言われちゃいましてね、なんだか納得がいかないんでお教え頂けないですか?』

う~ん、なるほど。そりゃ、いきなり西方浄土から、て書きなさいと言われてもピンときませんね。とお話したもののいい言葉が出てこない。浄土に往くというのは、お生まれになることであってあちらから私たちを見てくださっている、真宗とはだいたい祈るものではありませんし、などいろいろなお言葉は浮かぶんですが、上手く結べなかったんです

ですから寺に戻ってからすぐ調べてみました。僕の記憶の片隅に「確か法話会で先生がお悔やみの言葉についてお話下さったことがあったはず・・・」と思い、資料をひっくり返してみました。そうしましたら、資料が出てきたんです。そこにはこうありました。

よく弔電で使われるNTTの文例を挙げますと、
・ご生前のご厚情に深く感謝するとともに、故人のご功績を偲び、謹んで哀悼の意を表します。

・ご逝去の知らせを受け、ただただ驚いております。ご生前のお姿を偲び、心よりご冥福をお祈り致します。

・いつまでも、いつまでもお元気で長生きして下さるものと思っておりました。在りし日のお姿を偲び、心からご冥福をお祈り致します。
・〇〇様のご逝去を慎み、謹んでお悔やみ申し上げますとともに、心からご冥福をお祈りいたします。
・〇〇様のご逝去を知り、驚愕しております。いたってご壮健と伺っておりましただけに、申し上げる言葉もございません。皆様のご落胆もいかばかりかと存じますが、どうぞご自愛下さいませ。ご冥福をお祈り致します。

・ご尊父さまのご逝去の報に接し、謹んでお悔やみ申し上げますとともに、心からご冥福をお祈り申し上げます。
・ご母堂様のご逝去の報に接し、謹んでお悔やみ申し上げますとともに、心からご冥福をお祈り申し上げます。

ほとんどの文例に「ご冥福をお祈りする」とあります。これは真宗的ではなく、なぜかというならば真宗では祈ることをしないからであります。

そして、真宗門徒として言い換えたい言葉を挙げられました。
天国→お浄土
安らかにお眠りください→お浄土よりお見守り下さい。お浄土で存分におはたらきください。
○○さまのご霊前・ご霊→阿弥陀如来の尊前
昇天された→往生された

☆そして、使わない言葉は
 ・冥福を祈る
 ・永眠
 ・草葉の陰で
と講義の中で教えてくださっていました。ここで、具体例を題して頂かないとやっぱりわかりませんよね。その真宗的具体例もちゃんと挙げてありましたのでご紹介致します。

真宗的お悔やみの言葉 文例
・○○様のご逝去の報に接し、衷心よりお悔やみ申し上げます。
   ※衷心・・・こころの奥底、まごころ。
・〇〇様の衷芯哀悼の極みに存じます。ご遺族様のご愁嘆いかばかりかと拝察申し上げます。今生のご活躍を偲びつつお念仏申し上げます。

・ご逝去の報に驚いております。さぞかしお力をおとしでございましょう。申し上げる言葉もございません。今はただお念仏申し上げるがかりであります。

・〇〇様のご逝去なされたと聞き、深い悲しみに沈んでおります。在りし日の姿を思い、お念仏申し上げます。


どうでしょうか。
真宗的な立場とは、自分から故人に対して何かできることは、と考えることよりも、阿弥陀様にすべてお任せしてただお念仏するのみという立場からのお言葉が多いようです。ですが私たち僧侶は初めからわかっているという点から「西方浄土に往生された」とか「浄土に生まれてよかったなぁ」とかはやはり一般的視点では受け入れられていないことも知らなければならない気がします。

自分はわかっているつもりだが実は何もしらないということ、いま当たり前にあることが実は当たり前でないこと、こういったことを鏡のように映してくださるのが仏さまの教えであり、お念仏の教えだと思うのです。自分の立ち位置をいざ見返した時、故人にむかってお眠り下さいというよりお見守り下さいの方が、僕自身は生きていく上での不安が少し軽減するような気がします。

一具体例として読んで下されば幸いです。いろいろ葬儀の習慣を見返してみますと、「へぇ」と思うことが多々あります、また取り上げてみたいと思います



それでは、失礼します。

南無阿弥陀仏 高山信雄
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Category: 寺仕事

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