法話会終了。
今日はなんだか暖かいですね。今までの寒さとは違ってずいぶん過ごしやすく思います。
そして昨日は法話会の日でした。ここ最近は、ご聴聞に来てくださるお人数が減り気味だったのですが、今日はいつもより多くの方にご聴聞に来て頂き有難かったです。やっぱり一人でも多くの方にご来寺して頂き、ご聴聞して頂きたいですしね

今回は曇鸞大師がサブテーマでした。『高僧和讃』には七祖と呼ばれる方々の教えを親鸞聖人なりにご解釈されたご和讃が集められているんです。他の方々のご和讃が10首前後~20首程度にも関わらず、曇鸞大師のご和讃はその中でももっとも多い34首もの和讃もあるんですね。それほど、親鸞聖人が大切にされた情景が浮かんできます。
まず一番初めのご和讃↓
斉朝の曇鸞和尚は
菩提流支のをしへにて
仙経ながくやきすてて
浄土にふかく帰せしめり
の御解説から始まり、仙経を焼き捨てることについて「みなさんは大切であるもの(過去の栄光、積み重ねてきたノートなど)を焼き捨てることはできますか」との問いかけをされ、「二度と触れることが出来ないようにすることは容易ではない」とし、浄土教の教えはそれくらいの転機・衝撃であったとお教え下さいました。
またいろいろな話をご法話に結び付けて下さいました。
その中で「老人とは(仙崖和尚)」のお言葉を引かれいくつ該当しているかご聴聞の方々に質問をされたのです。
しわがよる
腰がまがる
頭が禿げる
毛は白くなる
手はふるう
足はひょろつく
歯は抜ける
耳は聞こえず
眼は疎くなる
身に合うものは、襟巻・杖・眼鏡・湯たんぽ・しびん・孫の手。
何でも聞きたがる
死にともながる
淋しがる
心は曲がる
欲深くなる
くどくなる
気短になる
愚痴っぽくなる
出しゃばりたがる
世話をやきたがる
自分の達者自慢をして、人をあなどる。
どうですか?みなさまはいくつ該当しましたかね?こんな自分を見て見ぬふりをして生きている私たち。しっかりと見つめた時に仏さまはこっちを見てくださっています。そしてそのお姿にいのちのすべてをお任せする私たちの姿こそ、お念仏をする姿なのではないでしょうか?
最後にこのような詩も残してくださいました。
一つの言葉で けんかして
一つの言葉で 仲直り
一つの言葉で おじきして
一つの言葉に ないている
一つの言葉は それぞれに
一つのいのちをもっている
みんなで言おうよ ありがとう
改めて言葉というものを考えさせて下さいました。他にはサラリーマン川柳なども紹介して下さいましたよ


それでは、失礼します。
南無阿弥陀仏 高山信雄

Category: 寺仕事
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