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真宗高田派久遠寺ブログ  『シュリハンダカ』

愛知県名古屋市中区にある真宗高田派久遠寺の日常をお伝えします!

 

平成23年3月の法語 

みなさま、コンニチワ!

今日で三月も終わり、明日から四月。年度初めですね、またこれから新しいことに挑戦する人、昨年度とまったく変わらない人、いろいろおみえだとは思いますが、自分が大切ないのちを生かさせてもらっている事実だけは変わりません。先ばかり見ず今日一日過ごせることに有難うと言えるように進んでいきたいですね

そして、毎度なぜか月末になる法語カレンダー。今月も変わらず、三月最後の日に三月の法語を見返してみたいと思います

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「念仏の人を摂取して、浄土に帰せしむるなり」

そのまま味わって頂くのが宜しいかなと思うのですが、そのままお終いにするわけにもいかないので自分なりに味わいたいと思います。
僕自身がこの法語で注目したいのは、「浄土に帰せしむる」。
なぜかと言いますと、まず「帰る」という言葉。これは今から初めて向かうときにはあまり使う言葉ではありませんね。もともといた場所に戻ることや、もしくは一番安心できる「家」を目指して使う言葉のように思います。ですからそれに当たるのがまさしく「お浄土」なんですね。自分の記憶にはない今までのいのちのつながりでいただろうお浄土、もしくは比べることができない安心を頂戴できる場こそお浄土だと思います。
そしてその場所に、「しむる」なんですね。これはざっくり言うと「~させる」ということなんです。自分で帰るわけではなく、帰らせるわけです。誰が?と思われますよね。もちろんほとけさまのはたらきによって「お浄土という場に帰らせてもらえる」わけです。

ですがこれには条件が必要。
それこそ「お念仏」なんです。仏様の願いをはたらきとして私たちの手元に来ているのがお念仏です。仏様は、私たちがお念仏をさせて頂くと同時に救いとって下さり、お浄土へ連れて行って下さる、そんな有難いはたらきがこの法語には詰まっていると思うんです。

あとは自分に届いていることにどう気付くかが本当の課題なんでしょうねこれが本当に難しいことと思いますですが、手を合わせる瞬間瞬間に少しでもこの有難さが垣間見えると嬉しいですね



それでは、失礼します。

南無阿弥陀仏 高山信雄

Category: 法語と名言

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