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真宗高田派久遠寺ブログ  『シュリハンダカ』

愛知県名古屋市中区にある真宗高田派久遠寺の日常をお伝えします!

 

悲嘆は正常なこと。 

西別院で以前お世話になった方が講演されるということで、門派は違いますが公開講座ということなので参加させて頂きました。以前だったら、あっさり諦めてしまう。また他派の情報など自分の身の回りに流れることも無かったのですが、こんなご縁にも恵まれること自体が有難いです。

今回の講義のテーマは
「大切な人を亡くすということ~グリーフケアの現場で僧侶がみつめつづけた死別の悲嘆の‘ものがたり’から~」
というもの。

講義をされたお世話になった方というのは、矢田さんといつもお呼びしている御住職。(お写真を撮り忘れました・・・)

実は、最近継続的に古本を集めている『古本勧進企画』で、第一回目の結果発表と今後の課題を話すオフ会が初めてお会いした時。
オフ会は奈良だったのですが、帰りの電車、桑名までずっと一緒でお話をさせていただき、とても僧侶としての姿勢や雰囲気が素敵な方で大好きになってしまったのです。

それから何度かお会いして今回のプロフィールを見ましたら、ビックリ!
とてもすごい方だったのすね、、、今まで適当なことを発言してすみません状態でした(T_T)

最近、グリーフ関係の研修に出させて頂いております。
そこで共通するのが、講師の先生の雰囲気。

とても柔らかで何か話しやすい温かな笑みをされる。こういう風になれたらなぁといつも憧れてしまいます。


なかなかできないでしょうが、頑張ります(^_^)/




で、内容はといいますと。

まず悲嘆とは、死別など、愛するものを失う事、つまり対象喪失の体験によってもたらされる深い落胆、絶望、悲しみの情緒体験のこと。

そして、その悲嘆の表れ方は様々です。
感情(例えば悲しみ、怒り、不安、安堵感、無力感など)、身体的感覚(例えば空腹感、喉の緊張感、息切れ、脱力など)、認識(例えば混乱、幻覚など)、行動(例えば、睡眠障害、ひきこもり、ため息、泣くこと、故人の持ち物を大切にすることなど)

これが表れることは正常なことで、この表現が必要以上に大きくなることが問題らしいです。

そして、この悲嘆を出来る限りもとの状態に戻していく事、立ち直るプロセスがグリーフワークと言います。
それは「悲しみから目を逸らさず、歎き悲しみ、涙を流すプロセスをたどって悲しみを処理する必要がある」からです。

グリーフワークの課題としては
・喪失の事実を受容する
・悲嘆の苦痛を経験すること
・死者のいない環境に適応する
・死者を情緒的に再配置し、生活を続ける

この課題を成し遂げる為に、サポートをして時間をかけていく作業を地道にしていくそうです。
特に最後の文章「使者を情緒的に再配置し、生活を続ける」は、仏教だと「諸仏となられて、見守って下さる」という位置づけもできると仰っていました。

ではサポートは誰がするのか。
・近親者
・医療者
・専門的援助者(精神科医、カウンセラー、宗教者)
・専門的援助者による支援を受けたボランティア組織
・遺族による自助グループ

が挙げられます。けれども近親者の場合、距離が近すぎて「理解してもらえる、理解して当然」という気持ちが出てしまい、かえってサポートもしづらくなることも考えられるそうです。そういった時に、以下の専門の方々の力が大切とのこと。

そこに宗教者とあります。

僧侶として、悲嘆の中にある方々を前に、どのように向き合い、どのように関わって行くのか・・・・。この関わりによって悲嘆の再生も変化して来るのかもしれません。

生前から死後まで一貫してお付き合いできるのも僧侶であります。
このかかわりは、悲嘆再生においてとても重要なことらしいです。でも思えば住職への信頼感などもそのお宅の事を知っている、ということが大きいとも思います。

僧侶間の研修なだけに僧侶への問題提起をされながら、実際に先生が関わられ、立ち上げられた「分かち合いの会」という会をご紹介下さいました。これについては次回ご紹介しますね。




南無阿弥陀仏


Category: 研修

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