08 «1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.» 10

真宗高田派久遠寺ブログ  『シュリハンダカ』

愛知県名古屋市中区にある真宗高田派久遠寺の日常をお伝えします!

 

逃げの一道? 

最近、ご法話のご縁を頂戴していろいろと話を練る中で、資料整理が好きになってきました。

勉強したくないから資料整理をしているかもしれません(笑)

けれども、ジャンル分けにしていくだけで格段に見やすくなる資料たち。
今まで素通りで見ていた活字がとても活き活きしてみえてくるんですね、というか話のタネになるのではないかという目線も大アリですが・・・(笑)

そんな中で見つけた一枚の資料。

「なぜ親鸞なのか」

思ってもみませんでした。当たり前過ぎてその選択肢はまったくなかったんです。
おそらく皆様もそうだと思います。

なんで久遠寺なんだ?なんで真宗なんだ、うちの家は?

選択肢がない状態。懸念するのか安心するのか、寺によって違いはあるかと思いますし、お檀家様も気にする気にしないもあると思います。

そんな根本の「なぜ親鸞なのか」

宗教の選択を少し前からずっと考えていて、「やっぱり僕は真宗専攻だな」と思えたのは最近の事。
他宗は、見栄えもいいし教えに揺らぎがない。

けれどもその揺らぎこそ人一人の対話であって、見栄えなんて必要ない、と感じたんですね。

常日頃、思う事。

ありがとう、すみません、おかげさまを伝え、つながりを大切にしながら、最後は笑顔になること。

どんなことにも通じる事ですが、実践はなかなか難しいです。
でもこれが僕自身の根幹にあるものと強く認識しております。

「なぜ親鸞なのか」

この答えは、一人一人が親鸞聖人に出遇う事である、と資料には書いてあります。本当にそう通りかな、と感じるんですね。長い時間をかけて訪ねていきたいと思った瞬間を書き綴らせてもらいました。


南無阿弥陀仏


伝えていかなゃ。



南無阿弥陀仏
スポンサーサイト



Category: 寺仕事

tb 0 : cm 0