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真宗高田派久遠寺ブログ  『シュリハンダカ』

愛知県名古屋市中区にある真宗高田派久遠寺の日常をお伝えします!

 

白道に掲載されました 



此の度、ご縁を頂戴しまして高田派坊守会(ご門主の奥様=お裏方様を中心に結成されている会)が編集している『白道』という冊子に、僕の妻の文章が掲載されました。

結婚してから、早6年半。

結婚するまで寺の生活なんてまったく知らなかった妻ですが、なんとか今はやんちゃ坊主二人を育てながら、僕を支えてもらいながら、少しずつ慣れてきた様子。「そんな気持ちをつづってくれませんか」とご本山から要請があり、未熟ながら今の思いを書いてもらいました。
僕としては読んでほしいばかりの気持ちなのですが、なかなかすべての方に「白道」をお渡しすること、また見てもらうことは不可能かと思い、ここに妻から掲載許可がでたので(笑)、同じ内容のものをアップしておきます☆

そして、この冊子の最後、編集後記にもお裏方さまがコメントしてくださいました。
「お寺にご縁あって嫁がれた若坊守さまの率直な思いに私も共感するところが多々ありました。」
共感していただけただけでも嬉しい限りです(笑)有難う御座いました。

是非、一読頂ければ嬉しいです☆

南無阿弥陀仏



『お寺へ嫁いで。』

皆様、はじめまして。高山智絵と申します。愛知一組、賢隆山久遠寺の若坊守となって6年が経ちました。
私は両親共働きのサラリーマン家庭に育ち、結婚前は、この記事を読んでくださっている皆様には申し上げにくいほど仏教にもお寺にも関心のない人間でした。「菩提寺」なんて言葉も知りませんでしたし、夫と初めて出会ったときには「へ~ お坊さんなんですね!やっぱりお肉は食べないんですか?」と無邪気に質問したものです。
ただ、郡上の田舎に住む祖父母は熱心にお寺参りをしておりましたので、大晦日には毎年除夜の鐘を鳴らしに行き、お寺の中でおまんじゅうをもらうのを子供心にとても楽しみにしていたのをよく覚えています。

 結婚前は、平日は深夜残業なんて当たり前のIT会社勤務。土日はほぼすべて社会人ラクロスチームで東京へ行ったり大阪へ行ったり・・と常に何かを追いかけていました。
会社では「『女だから。』という言い訳は通じない。女だからこそどんどん前に出て行け!」と発破をかけられ、平日は仕事一筋。休日もラクロスに没頭し、ひと時もジッとしていなような生活でした。

 そんな生活が、結婚と同時に一変しました。
結婚と同時に突然「寺族」と呼ばれる身になり、お寺ならではの、いわゆる「オンとオフの切り替え」が曖昧な生活がスタート。そうかといって、朝から晩まで走り回るように忙しいわけでもなく、ゆっくりと進む1日が代わり映え無く毎日毎日続いていく・・
失礼を承知で申しますが、当時の私にはそういうお寺での毎日はあまりにもスローで、そして今まで味わったことの無い、自由のない生活だと感じてしまいました。
もちろん週休2日制ではありませんし、旅行を計画してもいつキャンセルになるかわかりません。
結婚前の「どんどん前に出て行け!」と言われていた仕事とは打って変わって、お寺では雑巾がけやお茶出しが私の仕事となりました。
夫は結婚前に「お寺だからって別に変わったことはないよ。普通だよ。」と言いましたが、結婚直後の私の率直な感想は「どこが普通なの!?」の一言に尽きます。
でも、彼にとってはもちろんこれが「普通」なんです。ここで生まれ、ここで育ったわけですから。6年もお付き合いしてから結婚したのに、わからないものです。

 慣れない事の連続でしたが、1年が経ち、2年が経ち・・とゆっくり時間が過ぎていく中で、少しづついろいろな事を自然と受け入れられるようになってきました。
そして今では私も「お寺の子」を育てる立場に。やんちゃな2人の子供たちに振り回されながらも、だんだんとお寺での生活を楽しみ始めている自分に気づかされます。住職夫妻の寛容さに甘えて、まだまだ私は「ちょっとしたお手伝いさん」程度なのでこんな気楽な事を言っていられるわけですが・・。
今、子供たちは「あぁ、こんな子供時代っていいな」と思えるような毎日を過ごしていると感じます。
隣に住む住職夫妻に存分に可愛がられ、そしてお寺にいらっしゃるたくさんの方々にも暖かいまなざしで成長を見守っていただいています。「大きくなったね」「ちゃんとご挨拶できてえらいね」「幼稚園はたのしい?」と皆様から声をかけていただき、息子たちはそんなお寺へのお客様が大好きです。
「お客様にご挨拶に行こう」と声をかけると大喜びで走っていき、お茶を出したりお菓子を出したりと大張り切りです。
私はというと、礼儀作法に自信がないのでいつも坊守の後ろにくっついて歩くだけ。
坊守の優しさに甘えてひっそりしています。
しかしそんな私のことまで暖かく見守ってくださる方が大勢いらっしゃいます。
先日は、とても気遣ってくださるお檀家様から「なんだか優しい顔になったね」と声をかけていただきました。「今まではもっときつい顔をしていて、やっぱりこういう環境でたいへんなのかな、と思って心配してたの。ちょっと安心したわ。」と言ってくださったのです。どうみても不出来な若坊守の私に対して批判をされるならわかりますが、そのように陰ながら気遣っていただいていた事に感謝の気持ちでいっぱいです。
その方のみならず、人生の大先輩方が私たち家族の事を見守ってくださっています。
それは、今まで数え切れない程の方々のお力によって支えられ、つながれてきた久遠寺の歴史があるからこそだと感じずにはいられません。
結婚したばかりの頃に「わからない事ばかりで・・」と嘆く私に、夫の祖母である前坊守がこう言ってくれました。
「皆様があなたを坊守にしてくれるから大丈夫。阿弥陀様のご縁であなたはここに来たんだから。」
今はその言葉を信じて、あまり肩肘張らずにやっていこうと思っています。

 夏の暑い日に素足で本堂の裏にある古い木の廊下に出ると、懐かしい昔の祖父母宅を思い出します。暑い日でも木はひんやりとしていて、本堂からはお線香の香り。子供時代に戻った気分になります。我が家の坊やたちは、毎日ここをキャッキャと騒ぎながら走っていき、本堂ではお念珠と輪袈裟でお坊さんごっこ。それに飽きると黒板を使ってお説教ごっこが始まる事も。「お寺の子って、こういうふうに育っていくんだなぁ」と楽しく見守る毎日です。

写真
長男直筆です(笑)

Category: 寺仕事

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