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真宗高田派久遠寺ブログ  『シュリハンダカ』

愛知県名古屋市中区にある真宗高田派久遠寺の日常をお伝えします!

 

一月の晨朝お説教  



今朝、晨朝のお説教をして参りました。
今回は、初めてご本山近くに宿泊。
朝が真っ暗すぎること、雪の心配など考慮して、お願いをしたわけです。
宿には20時くらいに到着し、普段のがやがや感が無い中で、さびしく過ごして参りました(笑)

写真はご本山の6時半ころの太鼓門を背景にパシャリ。
お話が終わると、肩を撫で下ろして帰路につきます。

今回は、「義なきを義とす」ということをお話させていただきました。

そもそも「義」という漢字。どのように使っていますか?
「正義」「大義」「義理」・・・・・あげればいろいろあると思うのですが、「義」の漢字の中身を見てみましょう。
「我」が入っているんですね。
例えば、「正義」の「義」ならば、私が正しいと思ったことが正義なんです。相手のことなど関係がない、私のことなんですね。だから正義の名のもとに争いが起きる。
今私が使っている「義」はこんな意味なんです。

では、和讃の中に「義」が二つありますが、
始めの「義」「義なき」の「義」は、わたしの「義」。
わたしが自分の考えでいいように判断する「はからい」のことであります。
後の「義」「義とす」の「義」は、ほとけさまの「義」のこと。わたしの考えでいいだろうとのはからいをまじえないこと。
つまり、義とは、ほとけさまのはからい、つまり他力に対して、行者のはからいをまじえないことを本義とするということ。

つまりわたしのはからい、わたしの思うことは必要ではない、問題ではない、というのが仏様の義の意味・本義なのです。


こんな感じでお話して参ります。
この後に、普段の生活で感じる義の話を致しました。
まだまだ未熟でありますが、このご縁に勉強させてもらえるのは大変ありがたいです。

そして毎度、ご聴聞にきてくださる方に頭が下がります。
寒い中、7時から8時過ぎまで毎日来られているそうです。
なかなかできることではない、こういう方々にお育てされているかときづかさせてもらえる場でもあります。

有難い環境でやらせてもらっております。
感謝。

南無阿弥陀仏



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Category: 本山

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