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真宗高田派久遠寺ブログ  『シュリハンダカ』

愛知県名古屋市中区にある真宗高田派久遠寺の日常をお伝えします!

 

寺ヨガ法話 



2月のお寺でお抹茶ヨガ、バレンタインデーにもかかわらず多くの方にご参加いただき盛況に終わりましたー(^人^)

バレンタインデーですから「愛」のお話。


「四苦八苦」というお釈迦様がお伝えくださったお言葉があります。

「この企画、作成するのに四苦八苦したわー」と苦労したことの意で伝えることが多いかもしれませんが
実はそんな生易しいものではないんです。

生老病死の四苦。
五蘊盛苦、求不得苦、怨憎得苦、愛別離苦を追加して八苦。

その中の一つ、愛別離苦
出会いは別れの始まり、始めがあれば終わりがあるわけで、生者必滅・会者定離ということ。
この愛別離苦には、離れると別れるとあります。
離れるとは、→ 場が離れる、ということ。ステージが変わるということ。
別れるとは、→ 気持ちが離れる、ということ。

どちらも今あるところから違うところへバラバラになるということ。

では、愛別離苦の「愛」とは何か。
愛の形といえばなんでしょうか?
そしてその愛の色は何色でしょうか?

私ならこう答えます。
愛の形を表現するならば、やっぱりハートマーク(心の形)ではないだろうか。
そして、ハートの色を表現するのであれば、やっぱり赤色ではないか。

ハートの赤色が私たちに与えてくれる効果とは、 
やる気がでる、暖かく感じる、食欲増進、アドレナリン分泌上昇
ですね。

では、宗教での「愛」の捉え方はどうなのでしょうか?

例えば、キリスト教の愛とは。
キリスト教の愛は、神の愛と示されています。
キリスト「私があなた方を愛したように、あなた方も互いに愛し合いなさい。友人のために自らの命を投げ出すのは最大の愛である。」
この言葉が示すことは、人々は神を愛さねばなりません。それは、神が人々を愛してくれているのですから当然のこと、と考えられているから。人々は隣人を愛さねばなりません。それは、すでに神からそのように命じられているからです。
隣人を愛せよと。
これがキリスト教の愛。

では、仏教の愛とはいかなるものか。
仏教での愛は、執着でしかないと捉えられます。
愛執であったり、渇愛であったり、欲愛であったり、、、、

では仏教で愛にかわるものはないのか。
それは、慈悲であります。
慈悲とは、欲望のない、執着のない愛(お気持ち)であります。
他人を本当に理解し、他人と共感すること。お互い様なんです。
つまりそれは、立っているステージが一緒、苦しみを全く等しく背負ってくれる、ということ。

こんな慈悲の心を常に持たれているのが、仏様であります。

「みほとけは どこにおはすと たずぬるに たずぬるひとの 胸のあたりに」御詠歌

宗派、、、、違いますが、、、、、ここにいてくれるんだ、とこころ温まる歌。

仏様のお慈悲のおかげで、仏様は別れず離れずいつも一緒にいてくださる。
温かい気持ちの色は、やっぱり赤色。
その形は、やっぱりハート。
仏様は、ハートの中で私と一緒におってくださいます(-人-)


南無阿弥陀仏
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Category: 寺イベント

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