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真宗高田派久遠寺ブログ  『シュリハンダカ』

愛知県名古屋市中区にある真宗高田派久遠寺の日常をお伝えします!

 

水木しげるさん 

子どもを寝かしつけると妻となんでもないことを話す機会が度々あります。
今後の予定だったり、現状共有であったり・・・

今日はなぜか、「死ぬまでにしたい10のこと」ってある?との問いから。
今もし、いのちがついえる時、後悔せずとも「あーよかった、俺の人生」と満足して往ける?
そんな時に後悔しそうなことある?
とのこと(汗)
いつかは終えるいのちであるわかっていても、やっぱり唐突に言われるとそんなに出てくることではないですね(笑)

ここであれやこれや言うのも恥ずかしいのですが、わたしの答えの大方の軸は「ととのえて往きたい」でした(笑)
いろんなことです。今安心、のちも安心。そんなことを頭の中では考えているみたいです。

皆様も各々考えてみてくれたら面白いかもしれません。

で話のついでにでてきたのが水木しげるさんのことば。
ひとそれぞれに幸せの定義みたいなものはあるにしろ、やっぱり言葉にするのが難しい。明確に表せない。
そんな気がします。けれども「あーなるほど、自分はこう考えていた!!」と納得する言葉を選択してくれた、と思えたこのお言葉。人それぞれですが、また宗教観でみるとまた違った言葉になるとも思いますが、身近な言葉で綴ってくれていますので一読してくれたら嬉しいです。

自分なりの感想を一言述べるのであれば、「やりたくないことは無理にやることはない。自分にできないことは他人に任せておけばいい」という部分が結構自分も共感するところがあって私はなんにもできない人間と自覚しています、でもお人のお力をお借りしてこそ出来上がるものがあると頭で思っています。楽をしたいから、ではなく、得意なことは得意な人が。そんな思いがどこかにある気がします。

でもここで出てくるのはやっぱり楽をしているように見えてしまうのではないか、との気持ちや、なんとなく世の中は我慢しながら無理しながらことを進めている方が多くおられ、こんなあまーいことではいかんのだろうな、と考えさせられてしまうこともあるのが辛いところです。

自分がやるべきことをやる、やりたいことをやる。
できることをできるひとができるだけやる。

これくらいでいいのかなーてぼんやり思っています。
それだけでは進めない世の中があるのはわかっているつもりですが・・・・
私自身として決して「楽=苦労なし」は狙っていませんが、やっぱりどこかで「楽=安心」はしたいかな(笑)
とりあえずそんなところで・・・・


南無阿弥陀佛

以下、引用。



入隊して問もなく、私は南方の島、ニューブリテン島のラバウルヘと送られることになりました。
腕を失って前線から後退した私は、島で暮らす人たちと仲良くなった。
彼らは朝起きると、主食であるバナナを採りにいく。そして昼問は涼しい家のなかでのんびりしている。客人が来れば心からもてなす。祭りの日にはみんなで歌い踊る。

ただそれだけの生活です。

彼らには義務のような仕事などありません。もしかしたら人生の目標なんていうものもないのかもしれない。それでも彼らは、とても満ち足りた表情をしていました。

彼らのなかには「幸せ」という言葉はありません。それでも彼らの村には「幸せ」の空気が充満しています。それは彼らの日常生活の中に、幸せが自然に組み込まれているからです。あえてこれが幸せですと取り出して確かめなくても、ほのぼのとした幸福感に包まれているんです。

「幸せ」なんていう言葉がないほうがいいと私は思います。そんな言葉があるから、人は「幸せ」を叫ぶのです。もっと幸せになりたいと叫ぶのです。

本当の幸せとは、叫んだからといって手に入るものでもない。

私は彼らの村に流れる幸せの空気を、日本に帰国してからも思い出しながら、暮らしてきました。
やりたくないことは無理にやることはない。自分にできないことは他人に任せておけばいい。
小さい頃から私はそう考えていました。

自分の好きなことをやる。
そのために人は生まれてきたのだと私は思っています。

やりがいだとか、充実感といった言葉をよく耳にしますが、結局は自分が好きなことにしか、そういうものは見つからないような気がします。やりたいことが見つからないと言う人がいますが、まずは自分が好きなことは何かを考えること。小さい頃に熱中したものを思い出すんです。ただし、好きだからといって成功するわけじゃない。いくら情熱を傾けて努力をしても報われない人はたくさんいます。努力は人を裏切るということも知っておくことです。それでも、好きなことに情熱を傾けている問は、きっと幸せの空気が漂っているものです。

私は自分が幸福だと思っています。
好きなことに情熱を注いで、人生を生き切ること。うまくいく時もあれば、うまくいかない時もある。そんな時に、あたふたと騒がないほうがいい。幸福だの不幸だのといちいち口に出さないほうがいい。人生にはいろんなことが起こって当たり前。それらに一喜一憂するのではなく、放っておくことです。人生をへたにいじくりまわしたところで、何の解決にもなりません。起きてしまった不幸はもうどうしようなもない。ならば自然の流れに身を委ねてしまったほうがいい。しょせん人問の力ではどうしようもないこともあるものです。

ラバウルの人たちは実にわかりやすい人生を送っています。神様から与えられた人生を決していじくり回したりしません。だから、幸せの空気に包まれているのでしょう。」

(水木しげる「人生を、いじくり回してはいけない」2005年)

Category: 法語と名言

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ボランティア 

たまーーーーに、お抹茶をおもてなしするボランティアをしています。

非日常である「お抹茶」を楽しんでいただきながら、日頃の話や昔の話、今つらいことをお聞かせいただたりしています。
短い時間ですが、人それぞれ。

時間いっぱい話していく方
黙って座るだけの方
わたしのことばかり聞く方

いろいろおみえですが、それぞれの方々が発する言葉にいろんな人生があることを垣間見えますし、勉強もさせていただきます。


一服お出しし、とても喜んでくださった方。
ずっとだまって外をみているばかり。話してはくれなかったけれどもお抹茶はいただきたいとのことでお出ししたら、一口口にした途端、「美味しいっ!!」と吐息とともに言ってくれ、それから一言三言ずつお話をしました。
話がもっと続けれたら、と思い「もう一服どうですか?」と尋ねると「美味しいけど、一服だからちょうどいい」と言われ「なるほど」と知らされたこと。

「しんどい、早くあっちへ往きたい」と言われる方。
昔話からいろいろ聞かせてもらい、お茶やお菓子もしっかり食べられる(笑)ただお話を聞かせてもらっているうちに「こんなことをいうのも贅沢やな、いのちほしてもかなわんひとがいっぱいおるに・・・」
ちゃんとご自身で状況もわかっていながらも吐露される言葉。

ほんの少しだけでもこの場に身を置くことで、長きに渡り人生を歩んでこられた方々の言葉は言葉こそ単純だけれども重みがありこころに刻まれます。

では私自身、いろんなところで僧侶として受け止めていけるのか。

ちゃんとできるかは不安です。がまだまだ未熟。
そんな私をお支えいただきながら、皆様とともに人生の限られた時間をともに歩んでいきたい、支えていきたい、寄り添っていきたい、頼っていただきたい、そう思う時間を賜りました(^人^)



南無阿弥陀佛

Category: 寺仕事

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ウォーキングスタート 



お参りの合間や終わってからウォーキングに出かけるようになりました。

と言ってもまだ2回目。

寺から鶴舞公園が定番のコースとなりそうです。
歩いて、喋って、公園散策して、だらだらしてちょうど一時間弱で戻って来れます。

1万歩なんて到底ですが、生活歩数も加えると1万歩を超える日になります。

体も動かなくなってきたし、そろそろ本格スタートですね。
子どもたちは一緒に楽しみにながら後押ししてくれます。

夢はファミリーマラソン参加!

頑張ります(^人^)


南無阿弥陀佛

Category: 寺の子育て

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平和公園へ 

今日は午後一から平和公園へ。
お参り、と言いたいところですが、お参りくださった皆様が休憩する小屋のメンテナンスを
友人である大工さんと見に行ってきました。

この大工さん、面白いご縁でして、実は私が中日文化センターでお茶のお稽古をしている生徒さんなんです。
住職は「大工さんなのにお茶をやるんか!」
と驚いておりましたが、それは本人の勝手なので言及しましせん(笑)

それよりも当然といえば当然ですが、お稽古中は私服なのでそれほど大工さんという雰囲気ではなかったのですが、今日仕事着でお会いしたら思いっきり大工さんでした(笑)

年も近いせいもあってたまにお稽古後に食事に行ったりして、仲良くなったわけです。
そんな大工さんに私が小さい頃からある小屋のメンテをしなくてはならなくなり一度見積もりをしてもらおうと現場でお会いしたんです。



いつからあるのか記憶にありませんがかなり小さい時からこの状態でお参りの皆様の休憩を守っています。

この小屋を作ってくれたお檀家様のおじいちゃん。
よくお寺に参ってくださり、参る度に顔を出してれ可愛がってもらいました(ミスタードーナッツをいつもいっぱい買ってきてくれたんです!!子どもながらにこれが嬉しくて嬉しくてしょうがなかった思い出が今でも蘇ります)

そんなお檀家さまのおじいちゃんが作ってくれた小屋。
もう30年近いかもしれません。
その間にメンテナンスをしたということも聞いておりません。

けれども、友人の大工さんは
「年数の割に状態ものすごいいいねぇ、途中で1〜2回くらいメンテしてるんじゃない?」
「屋根も見た目ほどあんま悪くなっていないし、錆びているだけで張り替えは必要ないかなぁ。」
「ここはちょっと腐っているから中はどうなっているかわからないけど(どのように建築したか不明な為)、モルタルとかいれて補強した方がいいかもねー」
「塗装は念のためすべてすると長持ちするよ」

細かくも金槌出したり、スケールだしたりしながらじっくり〈診断〉してもらいました。

幸い大工事にならずに済んだようで一安心。
あとは見積もりをだしてもらい住職ともに判断したいと思います。


平和公園に寄った理由がもう2つ。

1つは、木々の剪定具合の確認。
昨年?くらいに大伐採をしたのですが今後のことも考えてどうするか一度写真を撮ってこい、との指令がでたので
写真撮影。

IMG_5841.jpg

久遠寺墓地より一段下のお寺さまの墓地に木々がご迷惑にならないように配慮せねばなりません。
現段階では大丈夫としても今後を見据えて庭師さんと相談する予定です。

そして、もう1つ。
久遠寺墓地に代々のお墓がある方には大変ご迷惑をおかけいたしますが、ただいま漏水の為断水しております。
ただいまどのように修理を進めるか住職が相談しておりますので今しばらく辛抱していただき、お参りくださいますことを
お願い申し上げます。

一番近い給水は、階段を降りるのではなく、反対側の坂を降りた途中に高田派の名古屋別院(久遠寺墓地より西側、一段下がる)の水道蛇口がございます。ここで給水していただければ幸いです。

IMG_5845.jpg

平和公園ができて以来、水道管も老朽化が進んでいます。
あっちを直せば、こっちがあかん。といたちごっことなっております・・・・

バケツの水の重たさをできるだけ感じないよう可能な限り早めに検討してまいりますのでご理解くださいますことを心よりお願い申し上げます。


南無阿弥陀佛

Category: 寺仕事

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フリースタイルな僧侶たち 



待望の「フリースタイルな僧侶たち」が手元に届きました。
今回の特集は「おてらおやつクラブ」。

同じ東海地区で活動している仲間にスポットが当たっています。
仲間の彼は、奈良で事務局会議があれば共に運転しあい、先日の伊豆もずっと隣にいて話を聞いてくれる存在。
年齢が若いにもかかわらず、いたるところに配慮が行き届き、何より心が温かい人。

平成生まれの昭和顔、信じるところは紀元前。南無そうなやつはだいたい友達。
とラップ調に表現しても嫌な顔一つせず、面白おかしく自分のものとしてしまう強き心。

けれどもこの冊子にあるお顔はとんでもなく男前でした。

読み進めていけば、活動に真摯に向き合い携わって紡いでくれた言葉は何よりほっとするし、身を委ねたくなる強さも感じます。本人の素晴らしさと活動の大切さがとてもわかりやすく伝えてくれている内容ですね。

お寺にももちろんありますが、今の時代はやっぱりいちはやくネット上でも閲覧できます。

http://www.freemonk.net/
↑ちなみに現時点ではまだ更新されていません、いずれ最新号に更新されると思います(笑)

中身もすばらしいけれども、、、、、何度見てもいいなぁと。
この表紙が秀逸。

お米にマーブルチョコでほとけさまを描いたのだそう。
特集がおてらおやつクラブだけにこういう魅せ方もあるのだな、と驚いてしまいました。
ちゃんと召し上がったそうですよ、撮影後に。そこらへんをちゃんと伝えてくれるのもなんだか親近感がわきます。

内容については皆様おひとりおひとりが手にとって読んでいただきたい。
もしくはホームページで検索しながらも読んでもらいたい。

そう思う一冊です。ぜひ手にとってみてください。

お寺ではすでにお飾り状態(笑)

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本堂の左余間にいつでもお持ちいだけるように(-人-)


この「フリースタイルな僧侶たち」を手にとってもらうことでおとなたちに「知る」ことがひろがり、子どもたちにもやさしい社会となるように(-人-)



南無阿弥陀佛

Category: 未分類

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