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真宗高田派久遠寺ブログ  『シュリハンダカ』

愛知県名古屋市中区にある真宗高田派久遠寺の日常をお伝えします!

 

毎日の日課から 

11月くらいから毎朝に日課に4〜5冊の本を1ページ、もしくは1テーマずつ読むことをしています。
もちろん読めない日(寝坊してしまった日)もありますが、無理せず可能な限り読み続けています。

そうすると普段一気に読んでしまうよりも印象に残ったりして「継続」の楽しさも味わっているところです。

ちょうど今読んでいる本は、「365日法話」といって
「◎月◎日 〜〜のテーマ」のように区切られていてとても短い文章でとても読みやすい。

そこで出てきたのが「四摂事(ししょうじ)」

恥ずかしながら全く知らずも意味を知れば「大切なことじゃないか」と思いメモ。
今日はこれをご紹介。

四摂事とは、
菩薩が人々を仏道に入らしめていく方法のことであり、私自身は菩薩ではないけれどもこういった行為・行動によって身を正していく、仏道に入らしめていただくことが順を追って理解できるのは大変ありがたい事だなぁと。

でやっぱり四つあるわけで
一、布施
二、愛語
三、利行
四、同事

ということで、

布施とは、自分の大切なもの、ことを差し出し与えること。
愛語とは、やさしいあたたかな言葉を相手にかけること。
利行とは、世の中のためになることを心で願いながら体や口を使って勤めること。
同事とは、同じ立ち位置になって寄り添っていくこと。

細部まで行動・心のうちを自分に問いかけていくならばやりきれる事ではないかもしれないけれども、
このように勤めていくこと、正していくこと、整えていくこと、はとても大切に思えました。

常日頃から頭の片隅に、心の片隅に置いておくことで
変わることもあるかなぁと(^人^)


Let's Go!!四摂事となるか(笑)

頑張ります!!


南無阿弥陀佛

Category: 寺仕事

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笑って一服 



何気無しに「なんかないかなぁー」と納屋を探っていての掘り出し物。
どなたにいただいたか明記がなく申し訳ない気持ちでいっぱいですが、
気に入ったので使用することに(^人^)

「笑」

安心できるほっとする漢字。
大好きです(笑)

以外に量も入るのでこれからの季節、お茶をすすりながらのデスクワークとなりそうです(^人^)


南無阿弥陀佛

Category: 寺仕事

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いのちのバトンタッチ 

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今朝、28日中日新聞の朝刊「人生のページ」に「いのちのバトンタッチ」の鈴木中人さんが寄稿されています。

この鈴木さん、一度久遠寺の「英語でブッダ」というイベントにご参加くださり
団体のお話などをほんの少し話を交わしたのですが、
本を出版されると聞き、購入し読ませていただきました。

これもご縁ですね。
ご参加いただかなければまったく知らずでしたが、「まず知る」ということは出会いからも当然のように始まります。

この本は、小児がんで亡くされた娘さんの闘病の姿や鈴木さんご夫婦の瞬間瞬間の感情や思い、またご自身が出会わせてきた方々のいのちの話で綴られています。

ご自身は会社を退社され、いのちについて伝える団体を立ち上げられた。
その産みの苦しみから人生をどう捉えるかを自分目線で、素の状態で語ってくれているこの本は、ただこういう現状を知るだけではなく、「じゃ、今どうするのか」を考えさせてくれました。

いろいろな言葉がありました。
「良いことをするむなしさにくじけないで」
「いのちをいつ感じるか、それは人と人との関わり」
「人を育てるとは、100年の種まきをすることです」
「人生で後悔していること。それは挑戦しなかったこと」

言葉だけではつたわらないこともありますが、前後を読んでいただくと「なるほど」と思えるかと。

最近、読んだ本で「あーこれは他の人にも読んでほしいな」と思う本をまず妻に読んでもらっています。
どんな感想がくるかな。

Category: 寺仕事

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積読のご縁 

ここ数日は割にのんびりできたので、積読中の本がいくつか読破できています。
これが快感(笑)

そんなのんびりした日々でもこころはいろいろな波風で煽られしぼんだり膨らんだりします。
今日もそんな衝撃があり、今後を真剣に考えざるを得ないことを耳にし、さてどうしたものかと頭を抱えそうです。

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ただの偶然か読み終えた日野原重明さんの本「今日すべきことを精一杯!」の終わりも同じことを伝えてくれました。

「死はいつも誰の目の前にもある」
ということ。頭でわかっていても、どうしても忘れがちになり、仕事が忙しくなり、子育てに追われ、向き合い、自分自身を見つめる、特に「生きる」ということは当たり前すぎて考える暇・時間が惜しいと思っているうちに時間は飛ぶように過ぎていきます。

ただそのことが気づかされる時。
それは第三者の死ではなく、身近な、自分と近しくなったものの「死」が突然現れた時。

そう日野原さんは教えてくれています。
続けて、

死は必ず私の前方にあるということに気づき、私たちが生きるというのは、刻々と死に近づいているのだという現実をリアルに感じることができれば、人間は残された日をどう生きるべきかの「生き方」の選択に迫られる、ということ。

宗教者として、「死」を捉えていても当の本人が実感なくしていることに気づかされた瞬間でした。



私自身のことの内実はお教えできませんが、その中での「気づき」を本で知らされ、、、、
こういうことを知らされるのも「縁」だな、と。「縁」が知らせてくれる。そう感じることも多くなってきました。

「縁」に従い、今どうするべきか、判断の連続の中、今こうしておれるのはおかげさまのおかげ、そのおかげが私の中に灯してくれた判断に身を委ねていきたいと思います。



南無阿弥陀佛

Category: 図書・本

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来年は戌年のため 



来年は戌年ということで、我が家の柴犬「量」をはずすことはできない笑

でもなかなかじっとしてくれないのでベストショットが撮影できず・・・・

私と妻が結婚する際に、住職の友人から結婚祝いにといただいた量ちゃん。
今ではもう10歳になり、すっかり老犬になってしまいましたが、
朝晩の散歩もかかさずご飯もまだまだしっかり食べれます。

でも眉毛やヒゲ、毛並みがだいぶ白くなってきた気がします。。

いつまでも元気でいてほしい。
そう願いながら、今日ももふもふしながら撫で回してやりました(笑)


南無阿弥陀佛

Category: 未分類

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