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真宗高田派久遠寺ブログ  『シュリハンダカ』

愛知県名古屋市中区にある真宗高田派久遠寺の日常をお伝えします!

 

年賀状から思うこと 

お正月が終わりお月参りもスタート。

新年らしく晴れ晴れとご挨拶w
「あけましておめでとうございます、本年もどうぞよろしくお願いいたします」

そこから始まる毎日がしばらく続きます。
私:「お正月はのんびり過ごされましたか?」
お檀家:「うんうん、寝ておったわー病院休みだし人もいっぱいだしね」
私:「(笑)私もそんな感じですわ〜」
お檀家:「でもね、年賀状来る度にさみしなるんよ・・・」
私:「返事がこない?」
お檀家:「いやいや、もう何十年も前に世話になった方で年賀状だけはやりとりしていた。でも相手さんもいよいよ自分ではかけないらしくて娘さんが代わりに年賀状を書いてくれて近況を一言伝えてくれていたんだけれども、それが何よりの安心でもあったの。でもね、、、、、今年は年賀状に亡くなったことが書かれていて・・・・もちろんもう葬儀に呼ばれる関係でもないし、、、、あの頃を思い出すとね、、、さみしいわ」
私:「そか、年賀状だからといってすべていい話ばっかじゃないんだね、、、、年賀状しか連絡手段がないから仕方がないけどね・・・・さみしいね、、、でも何より当時を思い出して振り返ることができたおかげさまを改めて感じる年賀状だったね」

年末から喪中ハガキが届き、さらに年賀状でも事実が伝えられる。
もう会うことは互いにできなくてもその時のご縁を常々思い出し感謝できる瞬間が年賀状の受け取りの時。

年々一枚のハガキをみることで思い出せることがある。
そのおかげがあったからこそ今がある、と感じられてのことだと思います。

年賀状は不要、メールで十分、お正月らしくない、いろいろな意見がある中で
やっぱり年賀状のやりとりも大切だな、と改めて思わせてもらいました。



南無阿弥陀佛

Category: 寺仕事

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