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真宗高田派久遠寺ブログ  『シュリハンダカ』

愛知県名古屋市中区にある真宗高田派久遠寺の日常をお伝えします!

 

子育てと犬といのち。 

お月参りを終えて、住職といつもの情報交換=ただの親子の会話をした時の事。

住「Yさんのとこのワンコが死んじゃったらしいぞ!若に伝えといてくれって」

僕「マジで?!先月まだ元気だったのに・・・・」

ここのワンコ(基本的に住職より僕の方が犬に断然好かれている経緯がある)、超かわいくて伺う度に一番に寄ってきてくれて甘えてきてくれたのに・・・・もうヨシヨシもできない・・・(T_T)


いつかはくるこの瞬間。頭で理解していても「今」ではないと勝手に思っている自分がいつもいます。
それが突然くるんですね。世の中、常にそれの連続なのに。

僕自身も犬を飼っていて、朝の散歩、夕方の散歩、ご飯をあげて、ナデナデして・・・・・と飼うのは大変、とも思いますが、やっぱりかわいいから飼えるし、居なくなるととても寂しい気持ちになると思います。


《ウチの愛犬=量くん。狂暴な瞬間をパシャリ(笑)。》



そこで、なんの拍子もなく思ってしまったこと。



子育てと犬といのち。



よく子供が小さい時から犬を飼うと、「いのちの大切さ」が教えれるよ、と聞く機会があります。
実際、犬の寿命は短いですし、結果としてそういう言い方になることもわかりますし、育てていく過程で必ず別れなくてはならない道理を知ることはとても大切とも思います。

けれども、偏った聞き方をする犬好きな僕は、この言葉がいのちを道具としてしか捉えれず、人間VS犬という完全なる傲慢な立ち位置からきてる風にしか聞こえないんですね。そんなつもりがないのは毛頭理解しておりますが、、、、

別に寿命が短い犬を使って、子どもにいのちの大切さを教えなくても・・・・教えるものではなく、感じてほしい、気付いてほしい。

これから、僕も子供も皆様もいくつもの「いのち」の在り方や行く末を見ていくと思います。

そこで、いのちの大切さをどう伝えるか。僕自身は、親として僧侶としても課題大ですね。


「生者必滅、会者定離」。


世の常を常と思わない僕たちに、Y様のワンコは気付かせてくれたかなと感じるばかりです。

「ありがとう、きみのおかげだよ」と、明日手を合わせに行きたいと思います




南無阿弥陀仏

Category: 寺の子育て

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